2010年03月26日

<たまゆら>火災から1年 慰霊碑に思い込め(毎日新聞)

 群馬県渋川市の老人施設「静養ホームたまゆら」で入所者10人が死亡した火災から19日で1年。更地になった跡地で正午から、自立を目指す生活困窮者を支援するNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」などが一周忌の法要を営む。「たまゆらの悲劇を忘れたくない」と慰霊碑を作る高崎市の石材店勤務、矢野慎次さん(32)も参列し冥福を祈る。

 1年前、矢野さんは身寄りのない高齢者の悲惨な最期に衝撃を受けた。10日以上も身元確認ができない人。遺骨の引き取り手がない人。「将来の自分の姿かもしれない」。矢野さんは4月、たまゆらを運営していたNPO法人「彩経会」に慰霊碑建立を申し入れた。

 勤務先で石材を探し、仕事後、作業場に残って加工を続けた。仲間に呼びかけ、認知症の高齢者が暮らす特別養護老人ホームに通って入所者と会話する「月1ボランティア」も始めた。

 しかし、碑の完成を間近に控えた今年1月、同会理事長だった高桑五郎被告(85)=業務上過失致死罪で起訴=と現場を訪れた際、住民に厳しい口調でたしなめられた。「頼むからやめてくれ」。出火時、炎上する施設から入所者を救出した住民は当時の恐怖を思い出す慰霊碑を目にしたくないという。

 「甘かった」。矢野さんは現場での建立をあきらめた。「何年かかるか分からないが、10人を落ち着けてあげたい」と別の場所での建立を模索する。

 碑に刻む言葉は決めてある。「天地に比せば玉響(たまゆら)と雖(いえど)も、人心に響く音は甚大也(なり)」。玉響とは「はかないもの」の意。あの惨事は決して忘れない。【奥山はるな、塩田彩】

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2010年03月20日

鳩山首相、邦夫氏離党「留守電聞いてなかった」(産経新聞)

 【邦夫氏との会話】

 −−今日、国会内で弟の邦夫衆院議員と会談をされていたと思うが、何を話していたのか。また、邦夫議員は離党届を提出してから孤立感が否めないが、兄として友愛精神を発揮する考えはないか

 「(笑いながら)フフフ。常に友愛精神を発揮しているつもりですけれども、まぁ、弟がやってきて、『留守電に入れておいたよ』と言っておりました。恐縮ですけど、留守電、この数日間、聞いていないものですから、申し訳なかったとは思っています。『本人が決めたことなんだから、頑張りなさい』というメッセージは贈りました」

 「彼が気にしていたのは、古賀一成さん(福岡6区選出の民主党衆院議員)。同じ選挙区で戦っている、民主党の素晴らしい議員でありますが、彼が直前に私のところにきたもんですから、気がかりになってきたんじゃないかと思います。『何って話してたんだ』と言うから、これはナノテクノロジーの素晴らしさというものを、一度しっかりとお教えしたいという話があって、ぜひ、それは聞きたいから、一成さん来てください、官邸にどうぞ、ということを申し上げておきました。そんな話をしていたんですが、弟としては、気になったんじゃないでしょうか」

 −−邦夫議員から離党については何かあったか

 「うん。『こういうことになったよ』ということでありました。お互いにエールの交換をしたということで、それが友愛精神だと言えば、そうなんじゃないでしょうか」

 【日米関係】

 −−今日で半年だが、日米関係について改めてうかがいたい。今回のキャンベル氏の訪日取りやめでも、普天間問題が影響したからだととらえられたり、この半年の首相の外交姿勢が、反米的ととらえられてしまう部分もあったと思う。半年を振り返り、日米関係は深化したか、悪化したか

 「昨日、ハーバード(大学)のファウスト学長が来られて、私が『ややもすると、私はアメリカ大好き人間なのに、反米だとか嫌米だとかとらえられている節があるけれども、今お話したように、まったく違いますよ』ということを申し上げたら、『誰もそんなことを心配しておりません』というのが、アメリカの知識層の方々、この学長のご意見でありました。ですから、杞憂(きゆう)だったなと私は思っています」

 「それは、一部の日米関係、あるいは、従来の日米関係で生きてこられた方々からすれば、私のような人間が好ましくないという部分があるのかもしれません。しかし、新しい日米関係をつくっていく。むしろ、それを深みに、さらに深化させていくということは、私は将来的に、アメリカの方々にも、むしろ、これは正しい方向だと、必ず認識していただける。そう確信しています」

 「もっと言えばですね、(米・国務次官補の)キャンベルさんが来られなくなった理由はまったく違います。それをあえて、皆さんがそのように曲解されておられるかもしれません。私の方から、これは正しいものを申し上げることができないのでありますが、理由はまったく違います」

 【諫早湾】

 −−今日、佐賀県知事と面会したが、諫早湾干拓の開門の必要について現在の認識を

 「はい。これはですね、私も、佐賀県の知事にお会いして、開門をすることが必要ではないかというご意見をうかがいました。ただ、開門すると、すぐには、逆に、濁った水が外に出る影響もあるんじゃないでしょうか。だから、これは調査のためだという話をされてました。必ずしも、ご自身としても、100%ということではなくて、むしろ、調査をする必要性を主張されてました。私自身は、自分の見解を申し上げたわけではありません。いろいろとご意見を伺って参りました」

 「今年は、貝が逆に、どんどん減っているというのが例年だったようですけど、去年かな、去年は非常によく獲れている状況もあって、そういったデータをどのように解釈するかは、さまざまな判断があるんだろうなと。これは、もっとシッカリと調査をしてというか、勉強をする必要があるなと感じたところです」

 【政権半年】

 −−これから半年後に、民主党政権にしてよかったと国民に思ってもらうためにどういったことをやりたいか

 「うん。あの、必ずそうなりますよ。それだけは、皆さん方に申し上げておくことができます。はい」

 −−自信はあるということか

 「十分あります」

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2010年03月17日

東京大空襲 65年、遺族「最後の節目の日になるかも…」(毎日新聞)

 東京大空襲から65年を迎えた10日、遺族らでつくる「東京空襲犠牲者遺族会」(星野弘会長、会員約800人)も結成から10年目の節目となった。会員の平均年齢は80歳を超えて高齢化が進む。一方で、空襲で失われた地域のつながりをようやく取り戻す人たちもいる。東京都墨田区の都慰霊堂で開かれた「春季慰霊大法要」(都慰霊協会主催)に出席した遺族会員の無職、望月謙一郎さん(82)=大田区=は「平和を続けてもらいたい」と花を手向けた。

【写真特集】東京大空襲 2時間余りの爆撃で、死者は10万人にのぼった

 望月さんの両親と当時14歳と3歳だった弟2人は空襲で死亡した。家族4人の遺骨は見つからず、無縁仏として慰霊堂に眠る。17歳だった望月さんは五反田の軍需工場にいて無事だったが、孤児として生きた戦後のひもじさが忘れられない。

 5年ほど前の3月10日。慰霊堂で遺族会のビラを手にして入会。翌年の遺族会総会会場で、遺族が描く空襲画展に足を止めた。生まれ育った「石原町」(現墨田区)や、家族4人が避難した二葉小学校の惨状を描いた絵だった。吸い込まれるように絵に見入った。

 作者の堀切正二郎さん(84)=埼玉県草加市=は「熱心に見ている人がいる」と思い、声をかけた。「糊(のり)屋のショウちゃんだよ。望月のケンちゃんかい?」。約60年ぶりの再会だった。

 2人が子供時代育った自宅は、わずか30メートルしか離れていなかった。繊維業を営んでいた望月家は、糊販売業の堀切家で糊を毎日買っていた。2人は相撲やベーゴマでよく一緒に遊んでいたという。

 その後も交流が続き、空襲画や講演で平和を訴え続ける堀切さんに背中を押され、望月さんは昨年8月に初めて空襲体験について講演した。それまで、家族を捜して焼け野原を歩いたあの日の記憶は誰にも語らずに封印していた。「ずっと重い荷を背負う思いだった」。堀切さんとの出会いがその荷を下ろしてくれた。「戦争反対とただ叫んでも意味がない。戦争経験者は体験を伝え、未経験者は聞くことで平和が続いてほしい」。今はそう思えるようになった。

 望月さんは10日、法要の1時間前にグレーのスーツに茶色の帽子姿で会場に到着。慰霊堂の周りを1周し、「65年前とは様変わりしたなあと感じた。慰霊堂の脇の池で弟らとトンボを捕ったり、魚釣りをして遊んだことが目に浮かんだ」とかみしめるように語った。

 遺族会は地区ごとの交流会を30回以上開いてきた。大空襲以来の再会を果たす遺族や、心にしまい込んできた体験談を語り始める人が増えている。星野会長は「遺族にとって残された時間は少なく、今日は最後の節目の日になるかもしれない。遺族の思いを今後も次世代に伝えていきたい」と話した。【森禎行】

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